2012年09月23日

合田さんを支える会総会を成功裏に開催しました!!

2012年9月8日(土)多数の参加者のもと、合田さんを支える会総会をひらき、
不当行為を止めない「愛知地域労働組合きずな」と闘い続けていくことを決議し、弁護団からは「合田さんを支える会の活動を支えながら、弁護士として奮闘する決意だ」との激励をいただきました。

きずな裁判主任弁護士中谷雄二氏からの力強いスピーチ
 2012 9 8 総会 中谷スピーチ.rtf

  
  総会での経 過 報 告          2012.9.8.

1.はじめに    ー「きずな」裁判とは何かー
   「きずな」裁判は、地域労働組合きずな(以下「きずな」)によるパート労働者の解雇事件である。「きずな」は2004年4月財政難を理由に、パート労働者合田さんを解雇したが、同年10月合田さんは解雇撤回を求めて提訴した。
   「きずな」は合田さんとの関係を「労働組合内部で組合が組合員に対し内部の事務処理を委託するという準委任契約関係にある」(「きずな」答弁書)とし、準委任契約の解除については「任意解除権ができる」と主張した。1995年から9年以上働いてきたパート労働者を「いつでも解除できる」と強弁し、人を雇えば  生じる雇用責任を欠如させた乱暴なものでした。男子労働者である専従者の生活を保障するため、組合の財政難を「生計を維持するため仕事をする必要性が迫られているという事情にな」い(同答弁書)女性パート労働者の解雇で切り抜けようというものである。その意味で、この解雇事件の本質はパート労働者差別にあ ると言える。
   「きずな」は1981年に結成され、早くから非正規労働者などの不安定雇用労働者の地位向上を目的に、「一人の解雇も許さない」というスローガンを掲げて活動してきた志の高い労働組合であった。その組合が、パート労働者を解雇したことは組合の理念に反することであり、労働組合のあり方が問われる。
   結局、裁判は2006年6月、「きずな」が合田さんの請求「原告が被告に対して労働契約上の地位を有することを確認すること」などを認諾したことによって終結した。

2.復職後の状況(2006年6月)
   裁判終結後、合田さん・「きずな」の双方の代理人間で交渉がもたれ、合田さんの業務内容は従前の通りとすることが確認された。合田さんは2006年6月に復職したが、@労働時間管理について、出勤簿への押印による管理からタイムカードによる管理に変更された。A事務のパソコンにUSBキーによるロックがかけれ、合田さんがパソコンを使用できない状態となっていた。B組合員の入会届・退会届のファイルがなくなっており、組合員管理の仕事ができなくなっていた。など大幅な職場環境の変化があった。特に、労働時間管理については、裁判中に「きずな」は、合田さんは労働時間のごまかしをしているなどの中傷を行った。合田さんは証拠を示して、「きずな」の虚偽を明らかにしたが、「きずな」はタイムカード制の導入によって自らの主張を正当化しようとしたのである。このような「きずな」の扱いによって、合田さんは体調を崩し休職を余儀なくされた。

3.再復職前の団体交渉と成果。(2007年5月〜2009年2月)
   合田さんの休職中、「合田さんを支える会」(以下「支える会」)は、「きずな」に対して交渉を求めたが、拒否された。そこで、合田さんは名古屋女性ユニオンに 加入し、2007年5月から7月にかけて、3回団体交渉を行った。この交渉では、「きずな」から「パソコンロックを前もって説明しなかったことは謝罪する」との発言は得られたが、合田さんの従前業務の回復には至らなかった。
  その後、合田さんは同年12月ユニオン「支え」(以下「支え」)を結成し、「きずな」に団体交渉を求めた。そして、2008年11月8日から2009年2月20日まで計5 回にわたって団体交渉が実施された。「きずな」からは石川悟委員長・樽井直樹弁護士が参加し、「支え」からは5〜10人のべ41人が参加した。当初、「きずな」は 団体交渉の場所を名古屋法律事務所とし、出席者も4人以下に制限していた。しかし、「支え」の要求により、場所は「きずな」事務所とし、出席者の人数制限も撤廃させた。
この団体交渉では、以下のような成果があった。
1.「支え」からは、5回でのべ41人と多くの参加者があり、「きずな」の実態を多くの人に知らせることができた。
2.団体交渉の場で、「きずな」・「支え」双方の合意で「労使合意事項」を作成(資料参照)し、以下の点が確認された。
 (1) 復職後の「ならし勤務」(週3日→2日)を認めさせた。
 (2) 労働時間管理について、ならし勤務中は従来通りの出勤簿管理とし、タイムカードの導入については話し合いを継続するとさせた。
 (3) 大竹さんから1日中監視される事態を避けるため、合田さんの机にパーティション設置させた。
 (4) 合田さんの従前の業務について、以下の点が確認された。
   @ 小口現金の一部取り扱い  
     A 入出金伝票の起票
   B 機関紙の校正・印刷・折り込み・発送作業
C きずな共済会関連の問い合わせなどへの対応
D 他団体と共同貸借しているコピー機の管理・代金の徴収
E パソコンのUSBキーを渡す。キーワードを教える。
F 機関紙の「おたよりコーナー」については、編集委員会で検討して依頼してもらう。
G 共済関係の仕事については、共済担当に検討して依頼してもらう。
   (5) 組合内の情報管理について示す。それに関する執行委員会の議事録などを見せてもらう。
しかし、「きずな」は合田さんの「従前の業務」について組合員管理・機関紙読者管理については頑として認めなかった。また、「支え」から何度要求しても、大竹さんの出席は実現しなかった。「きずな」は合田さんを解雇した際、合田さんの代理人中谷雄二氏と「きずな」との交渉で一旦合意した和解案を、大竹さんの納得が得られなかったため破棄し、裁判になった経緯がある。今回の団体交渉での「労使合意事項」も、大竹さんによって再び破棄されるのではないかという危惧がある。
4.再復職と出勤停止処分、再々復職(2009年4月〜同年12月)
2009年4月9日、合田さんは復職した。当日、合田さんは「支え」の組合員とともに「労使合意事項」の確認を行った。同年4月13日、合田さんは石川委員長から教えられた方法に従って、パソコンを開いて組合員の変動を確認していた。これを見た大竹さんは激高し、合田さんの「従前の仕事をしている」という主張を無視し、パソコンの使用をやめるよう業務指示をだし、業務命令書を3回にわたって手渡した。同年4月16日に、合田さんが出勤すると、パソコンの組合員情報は合田さんが見ることができないように新たにログイン設定がされていた。そして、同年4月18日付で業務命令違反を理由に出勤停止を命じられた。なお、「きずな」は合田さんに4月9日・13日の賃金を支払わなかった。この出勤停止に対し、合田さんは代理人交渉によって解決を図り、同年12月17日復職した。なお、「きずな」は出勤停止中の賃金の6割の休業補償を支払った。

5.団体交渉拒否と労働委員会への不当労働行為救済申立
                 (2009年4月〜2011年9月)
「支え」は「きずな」に対して、2009年4月23日に予定されていた団体交渉における議題(出勤停止命令など)を確認する書面を送付した。しかし、「きずな」は団体交渉を拒否した。「支え」は、その後5度にわたって団体交渉を申し入れたが、「きずな」からの回答はなかった。
 そこで、2010年1月8日「支え」は愛知県労働委員会(以下労働委員会)にあっせんを申請したが、不調に終わった。
 そして、2011年4月25日「支え」は労働委員会に団体交渉拒否の不当労働行為救済を申し立てた。同年9月22日に和解が成立し、団体交渉が再開されることとなった。

6.再開団体交渉と再度の団体交渉拒否(2011年9月〜2012年7月)
2011年9月6日に再開された団体交渉は、2012年6月1日まで7回実施された。しかし、「きずな」定期大会での「支え」の宣伝行動を理由に、「きずな」は再度団体交渉を拒否し、現在に至っている。
交渉では、「きずな」からは石川・樽井両氏・大竹信彦氏書記長・加藤健二副委員長の4名が出席し、「支え」は毎回5〜7人の参加であった。議題は主として、以下の4点であった。
1.復帰後の、合田さんの業務や職場環境
2.賃金の不払い問題
3.年次有給休暇の取得問題
4.一時金の不払い問題
団体交渉における「きずな」の態度は双方の認識の違いを埋め、問題を解決しようとする姿勢が見られず、絶えず交渉を打ち切ろうとする姿勢がみられ、不誠実な態度であった。
 1.について、
   復職後合田さんの業務は機関紙の「お便りコーナー」は実現した。さらに、  クロスワードパズル作成・労働相談のコーナーも担当するようになったが、  組合員管理・機関紙読者管理の仕事は「きずな」が頑として認めなかった。
「支え」は、かつて機関紙上で合田さんの仕事として組合員管理・機関紙読者管理を紹介していたことを示して、このような仕事を組合員に紹介した事実はないと主張していた「きずな」の虚偽を暴いた、
2.について、
2009年4月9日・13日の賃金不払いについては、「きずな」の「職場点検は組合活動」「専従の指示なしの仕事は労働と認めない」などの主張に対し、その不当性を指摘した。
3.について、
合田さんが年休の取得の根拠としている石川委員長の発言(復職時に11日の年休が発生する)のテープの反訳を示し、「きずな」を追い詰めた。
4.について、
合田さんの一時金(年8万円)の不払い問題では、財政難を主張する「きずな」に対し、236万円の繰越金があることを指摘し、その主張の不合理を追求した。
この間の「きずな」の姿勢は、全体として復職前の団体交渉で確認された「労使合意事項」を骨抜きにしようとするものであった。コピー機に関する仕事はなくなり、共済関係の仕事は一切なく、タイムカードの導入を提案してきたことなどはその顕著な例である。

7.今後の闘い    ー「就業規則」の一方的作成にかかわってー
「きずな」は、2012年7月9日、合田さんに「見といてください」と言って、一方的に「就業規則」を提示した。これは、合田さんが就職時に前専従との間に「就業規則は作らない」という労働契約があり、依頼17年以上にわたって就業規則がなかった事実を無視するものである。しかも、過去に提案された時、事情を説明して拒否していたにもかかわらず執拗に提案し、労働者の意見を聞かぬままに作成したものである。このように、就業規則の作成そのものが合田さんにとって不利益変更となっている。
また、「就業規則」第16条において、「組合の業務上の事由によりパートタイマーの雇用が必要なくなった場合」パートタイマーを解雇できるとしてある。これは、2004年の合田さんの解雇事件の際、「きずな」がパート職員との契約を「いつでも解除」できるとの主張をそのまま盛り込むものである。「きずな」は自ら認諾した裁判を無効にしようとし、極めて不見識な態度と言わざるを得ない。今後、この「就業規則」違反による解雇が予想されるが、「支える会」の活動を大きくする必要がある。


資料     労使合意事項
1.2008.12.1.
1.ならし勤務を認め、復職届けをだす。主治医の意見を出せればだす。
  2.ならし勤務中は出勤簿管理とする。タイムカードは話し合い継続。
  3.机の向き・パーティションの配置図を提出する。
 4.組合内の情報管理について示す。議事録(執行委の)等を見せる。 

2.2008.12.19.
以下の業務について相方(ママ)の確認がとれた。
1.小口現金の一部取り扱い
2.出入金伝票の起票
3.機関紙の校正・印刷・折り込み発送作業
4.きずな共済会関連の問い合わせなどへの対応  
5.他団体と共同貸借しているコピー機の管理・コピー代金の徴収

以下の点については前専従などへ問い合わせ、確認をとる。
1.組合員及び読者の管理

3.2009.1.28.
 1.合田さんにはいずれ仕事を拡大してもらい、コンピューターも使って いただく。復職後にUSBキイーをわたしたい。(職場の中で)
 2.パーティションについてはO.K.
   机の位置はそのままにして、パーティションをつける。
大竹さんを合田さんの位置にして、パーティションをつける。
 3.以上について検討の後、「支え」から返事をする。 

4.2009.2.20.
1.パーティションについて、現行の机の位置でパーティションをつける。  製品について返事をし、確認をする。
2.パソコンの合鍵を復職にあたってわたす。パソコンの暗証番号(パス  ワード)を教えてもらう。
3.新規加入者・脱退ファイルの場所を教える。
4.仕事について
  共済関係の仕事については共済担当に検討してもらい、依頼する。
執行委員会のレジュメについては執行委員会で検討しみせてもらう。
おたよりコーナーについては機関紙の編集委員会で検討し、依頼する。

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posted by 支える会 at 13:45 | Comment(9) | TrackBack(0) | 愛知地域労組きずなニュース
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